農業・食料ほんとうの話〔第139回〕「価格転嫁」でなく「責任転嫁」をするのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

「価格転嫁」でなく「責任転嫁」をするのは、誤っている

鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。

酪農家にとって経営分析の指標の一つとなる「乳飼比」が急上昇している。乳飼比とは、乳代に占める購入飼料費の比率であるが、コロナ前が約50%であったのが、現在は約70%に達しようとしている。酪農経営を揺るがす事態に、早急な経営継続の手立てが必要である。さらに国民一人一人が牛乳・乳製品の国産消費を進めていくことが求められている。

酪農家の赤字の深刻化

千葉県の加藤博昭獣医師らにより千葉県・北海道を中心に行われた全国107戸の緊急調査では98%の酪農家が赤字に陥っている。子どもの成長に不可欠な牛乳を供給する産業全体が丸ごと赤字という異常事態である。

取引乳価は1キロ当たり10円引き上げられたが、全国の多くの酪農家は30円~50円の赤字だと話している。鳥取県畜産農業の指導者・鎌谷一也氏の綿密な計算(表1)でも酪農家の赤字幅は少なくとも約30円なので、10円の値上げだけでは赤字が解消しない。

(表1入る)

一方、飼料価格への補填などを合計すると生乳1キロ当たり5円程度の補填に相当すると国は言い、これで十分かのようなデータを示しているが、公式データは古い。鎌谷氏のデータでも明らかなように、現場は刻々と悪化している。

牛を処分したら15万円支給する事業は後ろ向きだ。バターが足りないと言って国の要請で借金して増産に応じた酪農家に今度は「牛処分して」というのは酷な話だ。「セルフ兵糧攻め」とも言われるように、食料危機に備えて牛乳を国内生産で確保する力を強化すべきときに、逆に牛乳供給力を削いでしまう。

近い将来、こんどは足りないということになり、増産しようとしても、牛を育てて牛乳が搾れるようになるには3年近くかかり、絶対に間に合わない。

今やるべきは前向きの財政出動。増産してもらって、国の責任で、備蓄も増やし、フードバンクや子ども食堂にも届け、海外支援にも活用すれば、皆が助かり、食料危機にも備えられる。欧米では当たり前の政策を日本だけが廃止してしまった。

莫大な輸入を続けて国内に減産を強いる構造

乳製品在庫が多いから乳価は上げられないと言いつつ、14万トンの減産要請をし、乳牛を殺し、生乳廃棄まで生じているのに、減産量とほぼ同じ13.7万トンの乳製品輸入を日本だけが続けている。今回の輸入は在庫過剰の脱脂粉乳でなくバターの輸入だから影響がないかのように言う人がいるが、その分、国内生乳生産にしわ寄せが来るのは同じである。

WTO上は「低関税を適用する輸入枠」で、国家貿易であっても輸入枠を全量満たす国際的義務はない(GATT第17条)し、全量輸入している国もない。

1月23日のNHK番組「クローズアップ現代」での報道を受けて、以下の3点について国が補足説明をした。

・なぜ乳製品を援助に活用しないのか。
→要請がないから援助はできぬ。

・乳牛淘汰事業は後ろ向きではないか。
→乳牛淘汰は農家が選択した。

・なぜ義務でない輸入を続けるのか。
→輸入は業界の要請だ。

コスト高の「価格転嫁」は進まない中、「責任転嫁」をしている場合なのだろうか。

しかも、国会でも指摘されたが、国際乳製品価格の上昇で、国産と輸入品の価格差が逆転する事態も生じるようになり、輸入乳製品を国が入札にかけたときの国産の売れ残りがかなり出ているとのデータもある。コメについては、乳製品以上に顕著で、77万トンの輸入量のうち、毎年、36万トンを輸入している米国産コメ価格が国産の1.5倍にもなってきているのに、莫大な輸入を無駄に続け、売れ残りが続出しているのに、国内農家には減産させているという不条理である。

(表2入る)

外国でなく国内農家、国民に寄り添う政治を

外国の顔色を窺って農家や国民に負担を負わせるのは限界に来ている。現場に寄り添う気持ちを忘れず、保身のためでなく日本のために我が身を犠牲にする覚悟がリーダーに今必要だ。

お金を出せば輸入できるのが当たり前でなくなった今、国内酪農・農業こそが安全保障の要、希望の光である。牛乳・乳製品の4割は輸入なので、とにかく国産生乳使用の製品を選んで買うように一人一人が今日から一斉に心がければ国産に置き換えていける。この事態を放置したら自分の命も守れないことに国民が気づくときである。

公開日:2023/03/01 記事ジャンル: 配信月: タグ: / /

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