【提言】愛の力で希望の持てる未来をアグネス・チャン 歌手・エッセイスト
アグネス・チャン 歌手・エッセイスト
アグネス・チャン/1955年香港生まれ。72年『ひなげしの花』で日本歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学(社会児童心理学)を卒業。85年に結婚後、3人の子どもを育てながら、89年にアメリカのスタンフォード大学教育学博士課程に留学、94年に教育学博士号を取得。98年から日本ユニセフ協会大使、2016年からユニセフ・アジア親善大使を務める。芸能活動をはじめ、エッセイスト、作家として幅広く活躍する
長年にわたり日本ユニセフ協会の大使を務め、世界各地の紛争地域や貧困地域を訪ねてきたアグネス・チャンさん。その経験から平和な日常がいかに大切であるかを、身をもって感じている。人々の平穏な暮らしを守り希望ある未来を築くために、必要な心構えや一人一人にできることとは――。
一人一人のグッドネスで共存共栄の道を
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まって約1年。いまなお戦闘が続いています。豊かで美しい国土が攻撃にさらされ、街が破壊されて故郷が奪われてしまう。この惨状に、私たちは断固として、「平和を愛する」「平和な生活を守る」という意志を持っていかなければいけないと、思いを強くしています。
私は、1998年から日本ユニセフ協会の大使として活動しています。世界の紛争地域の子どもたちを訪ね、過酷な現実を伝えてきた経験からいえることは、ひとたび戦争が始まると、人は冷静さを失い、いちばんの犠牲者となる子どもを救うことが極めて難しくなることです。戦争が終わっても、大人の死亡率はすぐに下がるのですが、子どもの死亡率は何年経っても下がらない。戦争は子どもを育む力を社会から奪い、その力を取り戻すまで時間がかかるのです。
世界的にも、食料やエネルギー資源の供給問題が浮上しています。人々は不足感や不安感が高まると、内向きの思考になりがちで排他主義がはびこりやすい状況にあるといえます。どうすれば、共存共栄の道を見いだすことができるのか――。知恵を絞って、一人一人が心の中にグッドネス(善良さ、優しさ)を前面に出して、この時代を乗り越えていくしかないと考えています。
歌手である私は、歌には人と人を結ぶ力があると実感しています。デビューから50周年、これからも平和のすばらしさ、平穏な暮らしの大切さを伝えたいと考えています。歌声が響くところに平和は広がると信じて。
地域で愛を育み、愛を広げるために
国内に目を転じれば、少子高齢化の進行や経済の停滞感もあって、若者たちにとって息苦しい社会、視野を広く持つことが難しくなっていると感じています。重要なのは、希望の持てる未来にすること、若者たちの希望を育てることです。
私はいつも「人間のいちばんの強さは愛する力があること」と、言っています。愛する力によって、心が強くなり、しだいに自信がつき、やるべきことを実現し、未来と希望が見えてくる。家族、友人、動物、植物……どんな対象でもいいので、愛することが大事です。
たとえば、道端で掃除している人がいれば「お疲れさま、ありがとう」と声をかけたり、職場で明るい雰囲気にしようと笑顔を絶やさなかったり、町内で人手が足りないなら力を貸したりすること、こうした心がけも人を愛することから生まれることです。愛することで、感動したり、喜んだり、温かい気持ちになったりする。心の糧になって自身の人生を豊かにし、周りの人にも幸せを分けていくのです。
地域に根ざしたJAは、地域への愛を育むことができるでしょう。協同組合は一人ではできないことも人と人とが集まってみんなで力を合わせれば成し遂げることができる組織。地域を愛する人が集まると大きな力を発揮するって、すばらしいことです。
安全・安心の食の供給をはじめ、高齢者の暮らしのサポート、子どもたちへの五感を駆使した食農教育など、地域のつながりをつくる役割がますます重要になっています。これからも食と農を軸にして、多くの人に地域愛を広げて、希望の持てる社会を地域とともにつくっていきたいですね。