【農業・食料ほんとうの話】〔第136回〕ジーンバンクが継続できないのは、誤っている東京大学大学院 教授 鈴木宣弘
ジーンバンクが継続できないのは、誤っている
東京大学大学院 教授 鈴木宣弘
すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。
コロナ禍とウクライナ紛争で種の重要性がクローズアップされる最中、地域の伝統的な種を守り継承するために、農業ジーンバンクの役割はますます重要になってきている。全国各地にジーンバンクを広げていこうという機運が高まる一方で、ジーンバンク事業の継続が危うくなるような事態も取りざたされている。
コロナ禍とウクライナ紛争で露呈した種の脆弱性
野菜の自給率は80%といわれるが、野菜の種採りの90%は海外圃場で行われているため、コロナ禍での物流停止で種の確保に懸念が広がった。本当に止まってしまったら、自給率は8%しかないことになり、種の海外依存の危うさが露呈した。
さらに、ウクライナ紛争で、ハルキウにある世界最大規模で現代では復元できない数百年前のタネも含む16万種以上のタネを保管していた「シードバンク」(種子銀行)がロシア軍の爆撃によって破壊され、世界中から批判が噴出した。「人類は何千年もかけて品種改良を繰り返し、良いタネを残してきました。多種多様なタネを保存することによって、作物の単一化による不作や飢饉を防いできたのです。状況に応じて使えるタネを保存しておくことは、人類の繁栄に欠かせません。保管してあるタネの全てが失われていないとしても、長い歴史をかけて集積した『人類の共通財産』が壊されたと言っても過言ではありません。人類にとって大きな損失です」と筆者は『日刊ゲンダイ』でコメントした。
地域の種の保存・活用におけるジーンバンクの重要性
こうして種の重要性がクローズアップされている最中に、筆者は複数の知人から、地域の種の保存・活用の拠点となるジーンバンクの事業継続が難しくなっているとの連絡が入ってきた。
そこで、改めて、ジーンバンクの重要性について、全国展開の模範となっている広島県の農業ジーンバンクを例に考えたい。
船越建明・西川芳昭「広島県農業ジーンバンクの歴史と未来」『有機農業研究』(2019)vol.11, No.1により、その意義をまとめてみた。
- 失われつつある農産物種子の保存とその再活用を目的として広島県農業ジーンバンク(以下ジーンバンク)が設立されたのは 1988 年 12 月である。「ローラー作戦」で県内くまなく回って収集された現在の保存点数は稲類約 8000、麦類約 3000、豆類約 1600、雑穀・特作物約 1000、牧草・飼料作物類約 2400、野菜類約 2600、合計 18600 点にのぼる。
- 国のジーンバンクも含め一般的には研究者や育種の専門家にしか種子は渡されないが、広島の農業ジーンバンクは、借りた農家が翌年、栽培の結果の報告に加えて配布を受けた種子と同量以上の種子を返却することを条件に、種子を貸し出してきた。2009 年から実施された「広島お宝野菜」プロジェクトでは、青大きゅうり、観音ねぎ、矢賀ちしゃ、川内ほうれんそう、笹木三月子大根などが、県内の農業生産法人等に有望な品種として提供され、地域活性化に繋げられた。
- 福山が原産地の青大きゅうりは、福山でも種子の入手が難しくなり、栽培者も消滅しかけていたが、ジーンバンクが種子を提供することで、旧世羅町で栽培が復活した。全国的に伝統野菜が人気を集めている。
- 広島の農業ジーンバンクは伝統野菜復活を支える重要な基盤として機能してきた。広島県が世界に先駆けて設立した、農家に直接遺伝資源を還元することができる地域農業の基幹的インフラである農業ジーンバンク事業の継続が切に望まれる。
国民的運動で存続の流れを
川田龍平参議院議員が提案している「地域のタネからつくる循環型食料自給(ローカルフード)法」は、地域で育んできた在来の種を守り、育て、その生産物を活用し、地域の安全・安心な食と食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、シードバンク、参加型認証システム、直売所、産直、学校給食(公共調達)、レストランなどの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・関連産業・消費者が支え合う仕組みをローカルフード条例として制定し、自治体予算の不足分を国が補完する根拠法として検討されている。
この法案の早期成立を含め、国民全体でジーンバンクの存続のために、知恵を結集して行動に移す必要がある。
公開日:2022/12/01 記事ジャンル:農業・食料ほんとうの話 配信月:2022年12月配信 タグ:役職員学習 / 組合員学習 / 農業・農政