【農業・食料ほんとうの話】〔第135回〕これ以上農村現場の苦境を放置するのは、誤っている東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

これ以上農村現場の苦境を放置するのは、誤っている

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。

肥料や飼料などのコスト高に、十分に価格転嫁ができない農畜産物。農業の生産現場からは悲痛な声が届いている。生産者だけでなく、消費者からも心配の声があがっている。実態に合った政策が待ったなしの状況だが、生産者と消費者が連携して希望の光を見い出したい。

最悪の事態が起こる

筆者は先日、最悪の事態(酪農家の自殺の報)に接し、無念と無力感にさいなまれている。政府の緊急補填、乳製品による人道支援を、急いでほしい。皆一丸となって国産乳製品買おう。酪農家さん、踏ん張ってください。国際需給は逼迫で各国の乳価、乳製品価格も上昇し、日本酪農の重要性は高まっている。今を凌げば必ず未来は拓ける。

一昨年に比べて肥料2倍、飼料2倍、燃料3割高、と言われるコスト高でも、十分に価格転嫁ができない農畜産物。政策も動き始めたが、酪農については「追い討ち」的な乳雄子牛価格の暴落などで現場の苦境は深刻化している。長年の貿易自由化による農業の苦境と「引き換え」に大企業が利益を増やしてきたのが日本経済。企業などにも考えてもらいたい。

予備費による政策発動

9月9日、政府は、予備費から、搾乳牛1頭に都府県1万円、北海道7,200円の緊急支援を決定した。関係者の努力の結果ではあるが、1頭当たり年間乳量を1万kgとして乳価に換算すると、生乳1kg当たり都府県で1円、北海道では72銭で、配合飼料が30円/kg上昇している現状には遠く及ばない。

特に、11月からの飲用乳の取引乳価が10円/kg上がっても、加工向けが8割占めるため、2円しか上がらない北海道の不満も大きい。飼料費の高騰に応じた支給なので、自給飼料が相対的に多い北海道への支給が低くなったとのことであるが。

政策的には、次は、補正予算でどれだけのことが上乗せできるか、が待たれる。

求められるのは持続可能な農業生産
求められるのは持続可能な農業生産

農村現場からの悲痛な声

状況をさらに悪化させているのが、副産物収入の激減である。乳雄牛の肥育も大規模に展開していた畜産大手の倒産(神明畜産、負債総額575億円)により乳雄子牛の買い付けがごっそり減ったことに加え、そもそも餌代が2倍になり、肥育経営が子牛購入を控えている。

酪農現場からは「子牛販売価格暴落で経営者より家族、特に哺乳をやっている奥様方の精神的なダメージが大きいと聞きます。大切に育てた子牛が110円とか薬殺とか、哺乳する奥様方には耐えられないようです。酪農家族に絶望感が拡がっています。」との連絡があった。

現場からの声が続々と届く。

  • 昨日も畜産団地にあった隣接する3軒のうち唯一残っていたホルスタイン牛の酪農牧場の廃業の知らせを聞きました。まだ40歳代の2代目ですが、毎月増え続けるこれ以上の負債を抱えることが廃業の決断となりました。今日は今日で、ジャージー牧場の廃業清算の知らせです。コンサル関与の牧場で、廃業される牧場のはらみ牛と搾乳機材などを引き取る相談でした。見通しのつかない不安と資金繰りが限界を迎えているようです。
  • 牛舎で毎日毎日、子牛の世話をしたり乳搾りしたり、餌をやったり、子育てや家事に追われる女性たちは、じっと耐えるしかありません。哺乳して子牛の頭を撫でてやり、うまく糞を出せない子牛は肛門周りをマッサージして……。生まれて間もなくの飲みの悪い子牛に1時間も2時間も付き添って初乳を飲ませています。牧場での女性陣の頑張りは素晴らしいものです。しかし、それも限界があります。このままの個体販売価格や売れない状況が続けば精神的に持ちません。牧場を支えている女性が希望を持って安心して働ける日を待ち望みます。
  • 生産抑制で前年比101%を越えた分は集荷しないという話までされているようです。搾るしかないのに、これではどうしょうもありません。回ってきている普及員さんも、生産抑制を指導するように上からきつく言われているとのことでした。年末は処理出来ない可能性もあると聞かされていて、処理不能乳が出れば更にきつい生産調整になるとも。
  • 私は生産調整しません。罰金課すなら受けましょう。明年は系統外の二股出荷を宣言します。経営は誰も守ってはくれません。脱脂粉乳が極端に過剰なだけで飲用もことが変われば綱渡り状態に変わりはありません。世の中をどう見ても「牛を殺せ搾るな」は誤り。腰に手をあてていいおじさんが牛乳を飲むという無料配布のレベルではありません。牛乳が飲めなくなる日はそう遠くありません。
  • 農協によっては、処理不能乳が出る状況に近いとの事で生産抑制を強めていると聞きます。子牛暴落、餌、資材高騰、さらに搾れないでは八方塞がりです。強い人ばかりではないので心配です。

消費者との連携を力に

消費者からも心配の声があがっている。また、できることの提案もある。以下は消費者からの声である。

  • 国は何とかしようと思わないのでしょうか? 食料は大事な国防、軍備だけが国防ではないのです! ミサイルよりも先に考えなければならないこと。スーパーに食べ物が沢山あるから安心ではないのです、東日本大震災直後のスーパーの棚を思い出して頂きたい。かなり切実な問題だと思っています。
  • 国葬よりも、かかる経費で農業·酪農·林業·漁業の所得補償に回し、生産者が生活できる価格で消費者が支援できる社会システムを作りましょう‼️
  • 市民の出来る手助けはありますか? 野菜などは直売りがありますが。酪農家を助けるための良策の提案をお願いします。

私が理事長を務める食料安全保障財団にたいして、「もし可能であれば、食料安全保障財団でクラウドファンディングを」という声もある。食料安全保障推進財団に一番たくさんの拠出をしてくださっているのは、今ご自身が一番苦しい酪農家の皆さん。身につまされる思いだ。早急に検討したいが、そう簡単ではない。苦悩は続くが、何とか希望の光を見い出さねばならない。

公開日:2022/11/01 記事ジャンル: 配信月: タグ: / /

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