【農業・食料ほんとうの話】〔第134回〕「物流停止による餓死者が日本に集中」との 試算に驚くのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。

生産コストの高騰で、酪農家をはじめ農家の悲痛な声が届いている。今こそ、国内の生産振興に力を注ぎ、国民の食料・農業を守ることが重要である。国の食料安全保障の再構築が求めれている。

物流停止による世界の餓死者の3割が日本人

核戦争に関する衝撃的な研究成果を朝日新聞が報じた。米国ラトガース大学の研究者らが、15キロトンの核兵器100発が使用され、500万トンの粉塵が発生する核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は2,700万人だが、「核の冬」による食料生産の減少と物流停止による2年後の餓死者は、食料自給率の低い日本に集中し、世界全体で2.55億人の餓死者の約3割の7,200万人が日本の餓死者(日本人口の6割)と推定した。

実際、38%という自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも10%に届かないくらいなのである。だから、核被爆でなく、物流停止が日本を直撃し、餓死者が世界の3割にも及び、米露の核戦争の場合に、日本人はすべて餓死するという数値は大袈裟ではない。

重要なことは、核戦争を想定しなくても、世界的な不作や敵対による輸出停止・規制が広がれば、日本人が最も飢餓に陥りやすい可能性があるということである。筆者が警鐘を鳴らしてきた意味が如実に試算されている。

追い打ちかける酪農の副産物収入の激減

一方、我が国の農村現場の疲弊はさらに深刻化している。酪農に関しては、乳雄牛の肥育も大規模に展開していた畜産大手の倒産(神明畜産、負債総額575億円)もあり、乳雄子牛の価格が昨年の5万円から、場合によっては100円まで暴落、売れない子牛は薬殺との情報も入ってきた。副産物収入も激減して、飼料2倍、肥料2倍などのコスト暴騰に苦しむ酪農家に追い打ちをかけている。

ある酪農家からのメール(9月3日)は、「今日も値のつかない子牛は薬殺です。支援が遅すぎる。牛乳は廃棄させないといいながら、動物虐殺を導いたこの現実を見てほしい」と訴えている。政府はここで動かずしてどうするのか。

高騰する飼料。畜産農家の経営を圧迫している
高騰する飼料。畜産農家の経営を圧迫している

NHKニュースも酪農の窮状を伝えた

9月9日のNHK「おはよう日本」は酪農家を中心に日本の農家の窮状を克明に伝え、国民の理解と政策の役割を促し、国民全体で食と命を守る機運を高める報道がなされた。筆者も、スタジオ解説で次のように述べた(エリザベス女王の逝去で実際は割愛した箇所がある)。

私の元にも各地の酪農家から「限界が近い」「年を越せるかどうか」といった悲痛な声が届いている。国が政策で誘導して増産を呼びかけて多くの酪農家がそれに応えようとしてきた。その矢先に、コロナ・ショックやウクライナ紛争が襲い、一転して、牛乳搾るな、乳製品在庫が増えたから乳価は上げられないと言われ、生産コスト高騰のしわ寄せが酪農家に重くのしかかっている。

11月から酪農家の手取り乳価は関東などで10円、加工向けが8割占める北海道では2円程度上がるが、これだけでは、国内の酪農家がバタバタと倒れていきかねない。しかし、さらに乳価を上げれば消費者の負担も増えていくことになる。消費者も自分たちの牛乳を守ると考え、受け入れてもらいたいが、消費者の負担にも限界がある。

今こそ、政策の出番だ。国の財政出動で酪農家に補填すれば、消費者に負担をかけずに酪農を守ることができる。酪農家のみなさんには踏ん張ってもらいたい。不測の事態に国民の命を守ることが国防というなら、国内の食料・農業を守ることこそが防衛の要、それこそが安全保障だ。(国内資源を最大限に活用する循環農業の方向性を視野に入れつつ)、いまこそ安全保障政策の再構築が求められている。

早急に法整備して数兆円規模の財政出動を

だから、今こそ、全力で国内生産振興のはずなのに、コメをつくるな、転作作物の補助金もカットする、牛乳搾るな、エサも肥料も2倍になって赤字が膨らんでも需給が緩んでいるから農産物価格は上げれない、と言っていることの異常さが際立つ。

しかし、ついに政策も動いた。酪農についても、搾乳牛1頭あたり、都府県で1万円、北海道で7,200円の緊急補填が発動されることになった。ただ、これでは、あまりにも少ないし、かつ、その場かぎりの緊急措置でなく、恒久的に、発動基準を明確にした補填の枠組みを整備する必要がある。

世界一飢餓に脆弱な国である現実を直視し、超党派の議員立法として提案される予定の「地域のタネからつくる循環型食料自給(ローカルフード)法」に加えて、生産者、消費者、関連産業など国民の役割と政府の役割を明記した「食料安全保障推進法」を早急に制定し、発動基準を明確にした数兆円規模の予算措置を導入すべきときではないか。筆者が理事長を務める「食料安全保障推進財団」(※)としても、1人1,000円からの広範な結集で世の中を変えるうねりにしていきたいと考えている。

※食料安全保障推進財団のWebサイトはこちらから

公開日:2022/10/03 記事ジャンル: 配信月: タグ: / /

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