【農業・食料ほんとうの話】〔第131回〕必要ないのに大量の乳製品輸入を続けるのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授
鈴木宣弘 東京大学大学院 教授
すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。
飼料などの生産資材の暴騰によって、畜産農家は経営を圧迫され、倒産の危機に追い込まれるケースも増えている。こうした状況にもかかわらず、国による大量の乳製品の輸入が続けられている。農家経営の厳しい現実を前に、見過ごせない問題となっている。
在庫の山でも続ける大量の乳製品輸入
今、コメ、畜産・酪農、施設園芸をはじめ、全国の農家が、生産資材価格の暴騰にもかかわらず、上がらない国産の農産物価格によって赤字が膨らみ、規模の大きい専業経営ほど経営危機に直面している。
なかでも、乳製品在庫が増え、資材価格暴騰下で、乳価は据え置かれ、全国の酪農家は倒産の危機にある。そのさなか、先日、「酪農スピードNEWS」の添付記事のように、大量の乳製品輸入は予定通り続けると発表された。国は「乳製品在庫が過去最大に膨れ上がっているので、枠数量の拡大は必要ないと判断した」とのことだが、枠数量自体が大量なのに、なぜそれを減らさずに履行するのかがそもそもの問題である。
酪農家は、乳製品在庫が過剰だから、生乳搾るな、牛を処分しろ、出口対策(輸入脱脂粉乳の国産への置き換え)に生乳1kg当たり2円(北海道で100億円、今年はさらに増額)出せと指示され、飼料・資材暴騰下で乳価は据え置かれたまま、赤字が膨らみ倒産の危機に直面する中、大量の乳製品輸入が続けられるのはなぜなのか。
国家貿易だと輸入義務になる根拠文書はあるのか
1993年ガットのウルグアイ・ラウンド(UR)合意の「関税化」と併せて輸入量が消費量の3%に達していない国(カナダも米国もEUも乳製品が該当)は、消費量の3%をミニマム・アクセスとして設定して、それを5%まで増やす約束をしたが、実際には、せいぜい1~2%程度しか輸入されていない。
ミニマム・アクセスは日本が言うような「最低輸入義務」でなく、アクセス機会を開いておくことであり、需要がなければ入れなくてもよい。欧米にとって乳製品は外国に依存してはいけない必需品だから、無理してそれを満たす国はない。かたや日本は、すでに消費量の3%を遥かに超える輸入があったので、その輸入量を13.7万トン(生乳換算)のカレント・アクセスとして設定して、毎年忠実に13.7万トン以上を輸入し続けている、唯一の「超優等生」である。
コメの77万トン、そして、うち36万トンは必ず米国から買え、という密約(命令)に従い、コメも乳製品も輸入を続けている。国は「日本は国家貿易として政府が輸入しているので満たすべき国際的責任が生じている」と説明しているが、そんなことは国際的にどこにも書いていない。それが国家貿易だと義務になるという根拠を示す必要がある。
一方で増産補助金は継続という矛盾
しかも、クラスター事業で多額の負債とともに機械・設備の増強、乳牛の増頭を政府が強力に誘導して酪農家が増産に成功したら、こんどは手のひら返しのように、在庫が増えたから、搾るな、牛を処分せよ、は無責任すぎないか。そればかりか、増産誘導のクラスター事業については、来年から予算を切られると困るから、従来通り予算をつけるので使ってくれという、まったく矛盾したことを行っている。
国民全体の問題
コスト暴騰下で赤字が膨らむ中、乳価の引上げも急務だが、需給が緩和しているのだから、仕方ないでしょ、と一蹴されている。みんな考えてほしい。生乳不足解消のために頑張ってきた酪農家が、コロナ禍もあり、一時的に在庫が増えた責任を負わされ、倒産しても、自業自得のように追い込まれている。
酪農だけではない。すべての農業分野で、農家の赤字が膨らんでいる。国が動かないなら、消費者も、小売も、メーカーも、もっと考えて動かないと、農家は本当に倒産してしまう。国民も食料危機になったら食べるものがなくなる。こんなことを放置している場合ではない。
公開日:2022/07/01 記事ジャンル:農業・食料ほんとうの話 配信月:2022年7月配信 タグ:役職員学習 / 組合員学習 / 農業・農政