【農業・食料ほんとうの話】〔第130回〕経済制裁強化で自国が「兵糧攻め」にされるのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。

ウクライナ紛争の影響で穀物の国際価格が上昇し、日本でも食品の値上げの動きが広がっている。食料の多くを輸入に頼る日本。食料の安定供給のためにも自給率を上げることが急務であり、それこそが食料安全保障である。

経済制裁強化で日本自身が経済封鎖されるリスク

ウクライナ紛争の長期化の下で、経済制裁強化の議論があるが、それが自身に対する実質的「経済封鎖」につながり、食料自給率、資源自給率、エネルギー自給率が極端に低い我が国の国民を窮地に追い込む危険も考慮する必要がある。ウクライナ紛争は、食料、その生産資材、エネルギーを極度に海外依存している日本の危うさを改めて浮き彫りにしている。しかし、現実には、その危機認識があるのかが問われる。

食料自給率、エネルギー自給率の向上のための抜本的な議論が必要なのに、それが行われていない問題とともに、それが一夜ではできない中で、経済制裁の強化の議論が行われている危険性である。

食料自給率、資源自給率、エネルギー自給率が極端に低い中で、それを大きく依存している国々に経済制裁を強化したら、日本に食料や資源が入ってこなくなる。食料・資源・エネルギー自給率が相当に高い欧米諸国に追随した場合、それらの国と違って、日本は自身が経済封鎖されてしまうリスクが高い。かつて日本自身がABCD包囲網で窮地に追い込まれたような事態を自ら作りだしてしまいかねない。

ロシアと中国とアジア諸国などが結束しつつあり、欧米と対峙している。どちらのブロックも食料、資源、エネルギーを自前で確保できる。その対策を怠って、金で買えることを前提にした失策を続けてきたツケが今の日本の惨状である。米国に追随して西側陣営にいるつもりでも、経済制裁強化に単に同調し続けていたら、まっさきに国民の命のリスクにさらされるのは日本である。

※第二次世界大戦前にアメリカ、イギリス、中国、オランダが形成した対日包囲陣

敵基地攻撃能力の増強論は結末を考えているか

さらには、敵基地攻撃能力の増強などが議論されている。かりにも、紛争が拡大してしまうようなことにでもなれば、日本が戦場になる危険も考えなくてはならない。米国と日本の関係についても冷静に見ておく必要がある。以前、米国のCNNニュースでは北朝鮮の核ミサイルが米国西海岸のシアトルやサンフランシスコに届く水準になってきたことを報道し、だから韓国や日本に犠牲が出ても、今の段階で北朝鮮を叩くべきという議論が出ていた。

つまり、米国は日本を守るために米軍基地を日本に置いているのではなく、米国本土を守るために置いているとさえ言えるかもしれない。米国が守ってくれるから追随するしかないという思考停止的な従属のリスクをしっかりと認識しなくてはならない。

そうしたこともすべて視野に入れて、日本が独立国として、自身の力で国と国民を守るための国家戦略・外交戦略を大局的・総合的に見極めねばならない極めて重大な局面に我々は直面していることを肝に銘じ、冷静かつ的確な戦略策定と実施を急ぐ必要があろう。食料については、海外からの輸入がストップする事態に耐えられる国内生産の確保に向けた対策は待ったなしである。

我が国と諸外国の食料自給率のグラフ
我が国と諸外国の食料自給率
(カロリーベース)
※諸外国は平成30年、日本は
令和2年度のデータ

出典/農林水産省
資料/農林水産省「食料需給表」、FAO”Food Balance Sheets”等を基に農林水産省で試算(アルコール類等は含まない)

食料輸入途絶の怖さをメディアも報じ始めたが

4月19日、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」(日経系)でも、農水省が提示している有事に食料輸入がストップしたときの国産だけによる危機対応の食事として、朝食、昼食、夕食、すべてイモを中心とした食事を再現した映像を放送し、先進国最低の37%しかない食料自給率でいいのか、と報じた。そして、「多くの食料を輸入に頼る日本。今後、自給率を上げるために必要なことは? 」と問い、「農家が赤字になったら補填する、また、政府が需給の調整弁の役割を果たし、消費者も助け、生産者も助かるような仕組みを日本にも入れること」という筆者のコメントを放映した。

4月28日の日経新聞も、「食料安保、最後はイモ頼み~不測の事態に乏しい備え」(ニッポンの統治・空白の危機感)と題した記事で、「各国が自国優先で輸出を止めた場合日本は食料が確保できなくなる恐れがある」を筆者の言葉として紹介した。

しかし、その記事への読者コメントとして「安定した供給を可能にする自由貿易」の必要性が経済学者から語られている。「自由貿易に頼り自国の食料生産を破壊したら有事に国民が飢えるから自給率を上げるのが安全保障だ」という当たり前のことを理解してもらいたい。

さらに、彼らはそれに対する反論として「自由貿易と自給率向上は両立する」と主張する。しかし、その根拠となる納得できるような説明は未だに聞けていない。そんな屁理屈にもならない議論をしている場合でないことは現実が証明している。

公開日:2022/06/01 記事ジャンル: 配信月: タグ: /

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