【農業・食料ほんとうの話】〔第138回〕米国を恐れて虚偽説明で輸入を続けるのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授
米国を恐れて虚偽説明で輸入を続けるのは、誤っている
鈴木宣弘 東京大学大学院 教授
すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。
コロナ禍やウクライナ紛争による飼料・資材価格の高騰によって、酪農家は未曽有の危機に直面している。こうしたなかで政府は、コメと同様に大量の乳製品の輸入を続けている。いま最優先すべきは、自国の農家を守り、食料供給を安定的に確保するための抜本的な対策であり、地域農業を守る財政出動が急務である。
過剰在庫を理由に政策拒否して輸入続ける不条理
酪農家が苦境を訴えても、「乳製品在庫が多いのだから乳価をこれ以上は上げられない」の一点張りが続いている。乳製品の在庫が多いからと言うが、輸入を止めれば在庫が一掃されるのに、国際約束では「低関税を適用する枠」なのに「最低輸入義務」と言い張って乳製品の大量輸入を続け、国内農家には「牛乳搾るな、牛殺せ」と言い、ついに、北海道では生乳廃棄が始まっている。
こういうときは他国なら輸入量を調整するのに、我が国は、コメの77万トン(うち36万トンは必ず米国から)、乳製品のカレント・アクセス(現行輸入機会)枠、13.7万トン(生乳換算)という莫大な輸入を「最低輸入義務」だと言い張って履行し続けている。乳製品輸入を減らせば、事態は一気に改善できるのに、それを頑としてやらない。
しかも、円安もあり、日本の国産より輸入のほうが相対的に高くなり、コメでは、米国産が国産の1.5倍にもなってきているのに、莫大な輸入を続け、国内農家には減産させているという不条理である。
昨年11月25日の衆院予算委員会では野党が政府に対し乳製品のカレント・アクセス枠全量を輸入する必要はないのではないかと追及した。野村哲郎農相は、カレント・アクセスの全量輸入は国際ルール上義務付けられてはいないと述べる一方、「通常時は全量輸入を行うべき」という政府統一見解を説明した。野党からの「今は間違いなく平時ではなく、全量輸入の継続はおかしい」との指摘があった。
この説明・議論は、すべて間違いである。通常時には全量輸入すべき必要など、国際的な約束にもどこにもない。「平時」「有事」と、「有事」の定義を議論することに意味はない。
国家貿易だから義務が生じるという説明も、GATT協定における国家貿易企業(STEs)の定義に照らしても、明らかな間違いである。
「関税及び貿易に関する一般協定」第17条の国家貿易企業について、「商業的考慮(価格、品質、入手の可能性、市場性、輸送等の購入又は販売の条件に対する考慮をいう)のみに従って前記の購入又は販売を行い、かつ、他の締約国の企業に対し、他の締約国の企業に対し、通常の商慣習に従って購入又は販売に参加するために競争する適当な機会を与えることを要求するものと了解される」とされている。
WTOは国家貿易だから100%の充足率を達成すべきであるとの問題意識を持っておらず、日本はミニマム・アクセス枠、カレント・アクセス枠を全量輸入し続けている、他に例を見ない、唯一の国である。
他国は満たしていないし、その必要もない
1993年UR合意の「関税化」と併せて輸入量が消費量の5%に達していない国(カナダも米国もEUも乳製品)は、消費量の3%をミニマム・アクセスとして設定して、それを5%まで増やす約束をしたが、実際には、せいぜい1~2%程度しか輸入されていない。実際に、最新のデータで確認すると、表のとおり、カナダは、平均的には5%を超えているが、米国は2%、EUは1%程度で、筆者の指摘のとおりである。
乳製品以外の全体でも全量輸入はされていない
乳製品以外も含めたミニマム・アクセスorカレント・アクセス全体についてもTRQ(1374品目)の充足率を確認してみよう。データは、木下寛之JCA特別顧問が整理されたものである。
USDA(米国農務省)の資料によると、各国のTRQ(ミニマム・アクセスorカレント・アクセス)の充足率は、次のとおりである。説明によると、食糧管理特別会計(現在の食料安定供給特別会計)を含め、国家貿易企業(STEs)の方が高い充足率になっていると指摘しているが、STEsが100%の充足率を達成すべきであるとの指摘はない。
また、WTOの資料(WTO G/AG/W/183/Rev.1)によると、TRQ(ミニマム・アクセスorカレント・アクセス)の充足率の推移は、2014年 54%、2015年 53%、 2016年 54%、 2017年 54%、 2018年 54%、 2019年 46%で、 2014~2019年の単純平均は53%となっている。
米国を恐れて農家・国民を救えない政治・行政からの脱却
ミニマム・アクセスは日本が言うような「最低輸入義務」でなく、「輸入数量制限」を全て「関税」に置き換えた際、禁止的高関税で輸入がゼロにならないように、ミニマム・アクセスorカレント・アクセス内は、低関税を適用しなさい、という枠であって、その数量を必ず輸入しなくてはならないという約束ではまったくない。低関税でのアクセス機会を開いておくことであり、最低輸入義務などではなく、それが満たされるかどうかは関係ない。
欧米にとって乳製品は外国に依存してはいけない必須食料だから、無理してそれを満たす国はない。かたや日本は、すでに消費量の3%を遥かに超える輸入があったので、その輸入量を13.7万トン(生乳換算)のカレント・アクセスとして設定して、毎年忠実に満たし続けている、唯一の哀れな「超優等生」である。コメについても同じで、日本は本来義務ではないのに毎年77万トンの枠を必ず消化して輸入している。米国との密約で「日本は必ず枠を満たすこと、かつ、コメ36万は米国から買うこと」を命令されているからである。
農水省は最近、こう説明したという。「国際約束上、最低輸入義務とは書かれていない。ただ、国家貿易で輸入している場合、カナダの乳製品については、毎年必ずではないが、枠いっぱいを輸入している年もある。日本が枠を満たさなかった場合、WTOに訴えられる可能性を恐れている」。意味不明である。国際約束でないのに、訴えられるわけがないし、訴えられても、訴えは退けられるはずだ。何を恐れているのか。米国だ。
しかし、もう限界である。いくら米国が怖いからといっても、その制約を乗り越えて、他国の持つ国家安全保障の基本政策を我々も取り戻し、血の通った財政出動をしないと日本の農と国民の命は守れない。
公開日:2023/02/01 記事ジャンル:農業・食料ほんとうの話 配信月:2023年2月配信 タグ:役職員学習 / 組合員学習 / 農業・農政