【提言】リンゴの木を植えつづける勇気を童門冬二 作家

童門冬二 作家

どうもん・ふゆじ

どうもん・ふゆじ/1927年生まれ。東京都庁で企画調整局長などを歴任。退職後、作家活動に専念。『暗い川が手を叩く』で第43回芥川賞候補に。1999年、JA全中が主催するJA経営マスターコースの塾長に就任し、歴史の教訓をテーマにした講義が好評を博した。組織論や経営戦略、生き方論などをテーマにした著書多数。代表作に『小説上杉鷹山』『異説新撰組』など
(写真/タカオカ邦彦)

不穏な世界情勢や閉塞感のある日本社会のなかで、今後JAはどのように改革を進め、地域で役割を発揮できるのか。歴史を紐解いて、藩政改革を成し遂げた米沢藩九代藩主・上杉鷹山や、鷹山の師として後世に語り継がれている細井平洲が遺した言葉を今一度、噛みしめたい。先人たちの言葉から、令和時代に求められるリーダー像が見えてくる。

「たとえ世界の終末が明日であろうとも、私は今日(も)リンゴの木を植える」

これは昭和23(1948)年の、世界がまだ戦後の動乱期にあった頃、ルーマニアの作家コンスタンチン・ゲオルギュが世界に送ったメッセージだ。令和の現在、このメッセージの文意がさらにピタリとあてはまる気がする。

ゲオルギュがメッセージを発信した頃、日本では奇しくも“リンゴの唄”(並木路子さん)が大流行し、戦後復興にはずみがついた。まるでゲオルギュのメッセージに呼応したかのごとくにだ。

私は“今日もリンゴの木を植える(植えなければならない)”のが、土と農民の護民官であるJA役職員の責務だと思っている。

組織のリーダーのあり方やリーダーシップに関する著書も多い
組織のリーダーのあり方やリーダーシップに関する著書も多い

改革とは勇気以外の何ものでもない

手っ取り早い方法として実行できるものは、江戸時代の農政改革大名・上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)の有名な言葉をもう一度噛みしめることである。

鷹山はこういった。
「なせばなる。なさねばならぬなにごとも。ならぬは人のなさぬなりけり」

改革に結びつけていえば、
「改革がうまくすすまないのは、改革者にやる気がないからだ」となる。

では“改革者”のやる気とは何だろうか。

鷹山が改革の師として仰いだ細井平洲(ほそい・へいしゅう)によれば、
「それは勇気である。改革とは勇気以外の何ものでもない」と励まされた。したがって「なせばなる」の言葉は“励まし”の言葉であって、叱責の言葉ではない。

細井平洲はいった。
「改革とは人のイヤがることを強行することである。人のイヤがることだけでなく、自分もイヤがることを実行することだ。それには勇気が要る。改革とは、勇気、勇気の連続である。ひるんではならない」

こういう強い気持ちを持って鷹山は米沢城に乗りこんで行ったのだ。そのイミでは、「なせばなる」は、「勇気、勇気」と胸の中で唱えるお題目のようなものだったろう。そしてこの意志の保持は「論語」の恕(じょ)の精神につながる。恕とは「相手の身になって考えろ、自分のイヤなことは他人に押しつけるな」だが、平洲は「それでは甘い、乗りこえろ」と告げているのだ。

公開日:2023/02/01 記事ジャンル: 配信月: タグ: / /

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