現代に語り継ぐ 賀川豊彦とハル第3回 男子も女子も共に人間として勝劣はない 岩田三枝子 東京基督教大学 准教授

岩田三枝子 東京基督教大学 准教授

女性運動の先駆者として
女性運動の先駆者として(写真提供/賀川豊彦記念松沢資料館)

婦人運動の興隆期ともいえる大正時代。男性優位の社会のなかで、ハルは女性の人権を守るために環境改善に力を尽くした。すべての人の人権を守ること、そして、女性が社会で活躍することの必要性を豊彦や仲間と説いてきた。

妻・母・社会活動家としてのハル

豊彦と同じ1888年に生まれたハルは、14歳から1年間の女中奉公を経験し、16歳から7年半ほど女工として印刷工場で働いていた時に豊彦と出会います。24歳でキリスト教に入信し、25歳で豊彦と結婚、その後、夫と共に、スラムでの働きをはじめとする社会活動に取り組みます。結婚後、豊彦が1914年から3年間、単身アメリカ留学をしている同じ期間、ハルは横浜の共立女子神学校(現・東京基督教大学 共立基督教研究所)に在籍し、キリスト教の学びを深めました。1921年には労働者女性のための婦人運動である覚醒婦人協会を立ち上げ、2年半の間活動を展開しています。その覚醒婦人協会の活動の最中の1922年、第1子である長男を出産し、その後、長女と次女も生まれ、ハルは3人の子供たちの母親となりました。育児の一方、廃娼運動など女性を取り巻く環境改善のための講演活動や、短編小説などの執筆活動を続けます。1960年に夫・豊彦が亡くなった後も、夫の社会事業を引き継ぎ、1982年に94歳で亡くなりました。

ハルの活動や考え方をさまざまな局面から見ることができますが、今回は特に、女性の活躍を応援するハルの願いを紹介したいと思います。

女性の人権、男性の人権

ハルが共立女子神学校を卒業し、夫と共にスラム活動に取り組んでいる同じ頃、大正期の日本では婦人運動の興隆期を迎えようとしていました。賀川夫妻は、女性の結社権や集会権を求める新婦人協会の中心人物であった平塚らいてうや市川房枝たちとも交流があり、夫妻は新婦人協会の会員になって、演説会での演説や寄付を行うなど、平塚たちの活動にも協力していました。

1921年の新婦人協会による覚醒婦人大会のハルの演説草稿には、「男子も女子も共に人間として勝劣はない」とあり、その翌年にはハルは次のように語っています。

男子の人格を認めると同様、女子の人格を認めなくてはなりませぬ。覚醒した婦人は自分の人格を尊重すると同時に、他人の人権も尊重せねばならぬことを忘れてはならぬ。

当時は今よりもはるかに男性優位の社会でしたが、ハルは、女性であっても男性であっても、すべての人が尊重されるべき人権を持っていると訴えています。

豊彦と歩んだ人生(写真提供/賀川豊彦記念松沢資料館)
豊彦と歩んだ人生(写真提供/賀川豊彦記念松沢資料館)

女性の社会での活躍を応援

また、「男性は外で仕事に、女性は家で家事・育児に」という考えが主流であった時代ですが、ハルは女性の社会における活躍について次のように語っています。

夫の内助者とし子女の母としての任務を尽す家庭の婦人、又外に出でて職ある婦人、はたまた、工場にあって労働に従事する婦人、これ皆社会に多大の貢献をなすものといわねばなりません(1922年新婦人協会演説会の草稿)。

ハルは、家庭の中に加え、社会の様々な場面での女性の活躍を応援していました。

クリスチャンとしての道

このようなハルの発言の背後にあるのは、キリスト教信仰でした。なぜ社会活動を行うのか、との問いに、ハルは次のように答えています。

私はただ基督(キリスト)教の精神によって生きるほかはありません。イエスの愛を思う時に私達の愛は燃え上り、私達の真実が力づけられます。そしてこの精神を、余りに貧しき物質と教養とに棄て放されている人達の胸に移し、浸らし、燃え上らせたいと思います。

ハルは、家庭と社会活動の両方において夫・豊彦の良きパートナーであったのと同時に、すべての人の人権を守ることを訴え、人々への愛の生き方を貫いた生涯であったといえるでしょう。

好評! 発売中

『春いちばん 賀川豊彦の妻ハルのはるかな旅路』(玉岡かおる著、家の光協会)

『春いちばん 賀川豊彦の妻ハルのはるかな旅路』 玉岡かおる著 家の光協会

『家の光』に連載された人気小説を書籍化。貧困、男女格差など数々の社会問題と夫の賀川豊彦の同志として闘ったハルの波乱万丈の生涯を、今年度新田次郎文学賞に輝いた歴史小説の名手が詩情豊かに描きます。協同組合運動、農民運動、労働運動といった現在のSDGsにもつながる豊彦やハルの広範な活動や、その時代背景も詳解。定価2,090円(お申込みはお近くのJAまで)。

『春いちばん 賀川豊彦の妻ハルのはるかな旅路』チラシ[PDF]

公開日:2022/11/01 記事ジャンル: 配信月: タグ: /

この記事をシェアする

twitter
facebook
line
ページトップへ