現代に語り継ぐ 賀川豊彦とハル第6回 賀川豊彦とSDGsの共通するメッセージ 伊丹謙太郎 法政大学 教授

伊丹謙太郎 法政大学 教授

写真提供/賀川豊彦記念松沢資料館
写真提供/賀川豊彦記念松沢資料館

賀川豊彦が始めた神戸のスラム街での救貧活動。困難を抱えた住民とともに課題を解決する活動は、まさにSDGsのスローガン「誰ひとり取り残さない」に通じている。地球規模のさまざまな課題が山積する現代、賀川の実践にSDGs推進のヒントがある。

SDGsの理念を体現する

これまで5回にわたり、賀川豊彦とハルが、さまざまな角度から描かれました。彼らが目指した社会、その理想へと険しい道を歩み続けた二人の姿もあれば、家庭人としての微笑ましい二人の姿についても触れられていました。

今回は、SDGsとの関わりから、賀川豊彦について考えてみます。『春いちばん』の著者である玉岡かおるさん自身もインタビューで、近年注目されているSDGsに触れ「そんなことは賀川がとっくに言っていたじゃないかと思いました」と語っています(『キリスト新聞』ウェブサイト「Kirishin」)が、たしかに賀川豊彦の生涯はSDGsの理念を体現するようなところがあります。SDGsは「持続可能な開発目標」と訳されますが、最後におまけのようについている小文字の「s」が表すように17から構成される複数の目標、さらに169のターゲットから構成されています。SDGsは、これだけ包括的な目標を、すべての国、すべての人びと、すべての部分で満たされるように求めています。

さて、賀川豊彦は神戸のスラムで苦しみを抱えた人びとに寄り添う活動からスタートし、ベストセラー作家としての顔をもちながら、宗教運動、労働運動、農民運動、協同組合運動、平和運動、子どもの権利の提唱など、こちらもSDGsのようにあらゆる社会課題や取り組みの百貨店のように見えます。評伝などで賀川の足跡を学んだ人から「いろいろな活動に従事したスーパーマンだよね」という感想をよく耳にします。しかし、これこそが今日まで賀川の活動をどう継承すればいいのかを難しくさせてきた原因だったのかもしれません。

『雲の柱』は賀川豊彦が1922(大正11)年1月に創刊した雑誌で、賀川の思想を伝えてきた。賀川の妻ハルも寄稿している
『雲の柱』は賀川豊彦が1922(大正11)年1月に創刊した雑誌で、賀川の思想を伝えてきた。賀川の妻ハルも寄稿している

平和とよりよい生活のために

賀川を読み解くキーワードのひとつは、SDGsが掲げる「ネクサス(相互連環)志向」だと思います。気候変動が一部の地域だけではなく地球全体でしか解決できない問題であるように、教育や環境、食糧や貧困といった個々の課題は相互につながっている。国連は、この目標やターゲットの間のつながりに自覚的なネクサス志向でSDGsを推進すべきだと言っています。

同じように、賀川がいろいろな活動に取り組んだのも、それぞれの社会問題が深いところでつながっており、それらを包摂・統合した視座から課題解決に向き合うべきだと考えたからです。

たとえば、食と平和について考えてみましょう。現在、ウクライナ問題などで食料品価格が高騰し、私たちの暮らしは厳しいものになっています。そのなかで、平素は気づかない食や暮らしの問題と平和とがいかに緊密な関係にあるのか、私たちは改めて気づかされることになりました。戦後の生協では、当時、日本生活協同組合連合会の初代会長であった賀川が唱えた「平和とよりよい生活のために」という理念を今も掲げ続けています。私たちの日々の暮らしがどれだけ世界の平和問題と深い関係をもっているのか、賀川はよくよく理解していたのだと思います。

誰ひとり取り残さない

では、私たちは、いかに活動をはじめればいいのでしょうか。SDGsの手法のひとつに「バックキャスティング」があります。これは、現状のリソース・環境から政策形成し計画を立てていくのではなく、「私たちが求める未来の姿」から逆算して考えようとするものですが、賀川もまた、こういう社会を創りたいという情熱にあふれた人間でした。

賀川豊彦の後ろ姿から学ぶべきは、多様な社会問題が相互に関係しているのだという前提から思考し、共通するヴィジョン(社会の構想)の下で個々の取り組みに歩みだすべきだということです。賀川はたしかにいろいろな領域にその活動を展開しましたが、それは、いずれもが深層では強いつながりをもっています。彼の個々の活動がバラバラに見えるのは、私たちが勝手にそれらを別々のものだと考えてしまっているからにすぎません。

最後にもうひとつ。SDGsのスローガン「誰ひとり取り残さない」は、神戸のスラム街における賀川の姿を思い起こさせます。困り事を抱えた人に寄り添い、手を差し伸べる。このときに忘れてはならないのが、助けられる側もプライドをもった一個の人格であるということです。単に全員が十分に栄養を満たし、教育を受けられ、医者にかかれればよいというのではありません。玉岡さんの『春いちばん』でも「高所からの憐みではなく、同じ目線でのいたわり」(195-196頁)として同書全体に伏流のように描かれている「おたがいさま」、つまり協同の精神がそこには不可欠となります。

一人は万人のために、万人は一人のために――。この星に生きるすべての人びとが、対等に議論し、助け合える社会を築いていく。「誰ひとり取り残さない」は、SDGsと賀川が共通して与えてくれる、私たちが忘れてはならないメッセージだと思います。

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『春いちばん 賀川豊彦の妻ハルのはるかな旅路』 玉岡かおる著 家の光協会 『家の光』で連載された人気小説を書籍化。貧困や男女格差など数々の社会問題に夫の賀川豊彦の同志として闘ったハルの波乱万丈の生涯を、第41回新田次郎文学賞に輝いた歴史小説の名手が詩情豊かに描きます。協同組合運動、農民運動、労働運動といった現在のSDGsにもつながる豊彦やハルの広範な活動や、その時代背景も詳解。定価2,090円(お申込みはお近くのJAまで)。 『春いちばん 賀川豊彦の妻ハルのはるかな旅路』チラシ[PDF]

公開日:2023/04/03 記事ジャンル: 配信月: タグ: /

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