【農業・食料ほんとうの話】〔第137回〕日本酪農の灯を消すのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

日本酪農の灯を消すのは、誤っている

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。

生産コスト高騰下での乳価低迷と強制減産によって、酪農家の悲痛な声は一層高まり、廃業に追い込まれるケースも激増している。新鮮な国産の牛乳を守るために、国全体で酪農家を支えることが、もはや待ったなしの状況下にある。

悲痛な訴え

11月30日、農水省前の農民連・全国食健連主催の集会で、「酪農ヤバいです。壊滅の危機です」と千葉県の酪農家さんが子牛を引き連れて訴えた。

「毎日、毎日、増え続ける借金を重ねながら365日休みなく牛乳を搾っています。いつか乳価が上がるだろうと淡い期待を持っていますが、希望が持てません。国の政策にのって、借金をして頭数を増やしたけど、借金が大きすぎて酪農やめて返済できる金額ではありません。翌年の3月までに、9割の酪農家が消えてしまうかもしれません。牛乳が飲めなくなります」

「酪農が壊滅すれば、牧場の従業員も、獣医さん、エサ屋さん、機械屋さん、ヘルパーさん、農協、県酪連、指定団体、クーラーステーション職員、集乳ドライバー、牛の薬屋さん、牛の種屋さん、削蹄師さん、検査員、乳業メーカー、酪農・乳業の業界紙の関係者、みんな仕事を失います。みなさんにお詫びします」

始まった生乳廃棄

乳製品需給の緩和は、「バター不足」に端を発した畜産クラスター政策による莫大な借金を伴う増産誘導と、コロナ禍による在庫増が主因で酪農家のせいではない。手のひら返しに、「牛乳搾るな、牛殺せ」と言うのは、2階に上げて勝手に梯子を外すもので、無責任極まりない。需給緩和だからと言って赤字で苦しむ酪農家の乳価を上げられないというのも、乳価を据え置いて乳製品在庫処理の多額の負担金を酪農家に出させるのも不条理である。

しかも、乳製品在庫が過剰だから、国内では「牛乳搾るな、牛殺せ」といいながら、「低関税を適用する枠」で最低輸入義務ではないのに、大量の、しかも国産より割高になってきている輸入は、米国が怖いから続け、国内には強制減産を要請している。

すでに生乳廃棄が始まっている。これは酪農家さんのFacebookへの投稿だ。

「追い詰められた北海道酪農、利益も気力も出ない中の断腸の廃棄今日も1トン。流れ出る生乳は正しく私の魂。悲しくて悲しくてやりきれない。人格喪失しかねない大罪です。何のために? 組合の約束だから生産調整だから? さんざん命をごみのように扱い罪を負いつつ、利益もでない毎日なのに牛飼いはひたすらに命を削りながら必ずいい時が来ると自らに言い聞かせながら戦ってます。酪農ほど尊いしかも誇り高い仕事はないと思う自分が廃棄をしている。牛たちよ申し訳ない。牧場を去った多くの御霊よ許しておくれ。風前の灯火が消えぬよう私も頑張るから」

どうしてこんな不条理が続くのか。

生産者の声を消費者へ(写真提供/JA菊池)
生産者の声を消費者へ(写真提供/JA菊池)

動かぬ政策

欧米は、乳製品の政府買い入れによる国内外の援助に加えて、酪農家の所得の100%を超える補助金や「乳価-餌代」のマージン補償で酪農家の赤字を政策で埋めている。

日本では「収入保険があるじゃないか」という議論が出てくる。日本の酪農には、牛肉や豚肉のような「マルキン」(生産費から市場価格を引いた赤字の9割を基金で補填する)の仕組みはないが、収入保険ができたのに、入っていない農家が自業自得だと言うのだ。冗談ではない。

収入保険はそもそも過去5年間の平均収入よりも下がった額の81%を補填するものであり、過去5年間の水準がすでに低すぎれば、それより下がった額の81%を補填したところでセーフティーネットにならない。しかも、文字通り収入しか見ないので、今回のようにコストが2倍になるような事態には無力だ。使いものにならないのだ。

運命共同体との認識が必要

日本では、赤字を埋めるためにさらに借金が膨らみ、自ら命を絶つ農家、倒産の連鎖が始まった。日本酪農の壊滅さえ懸念される。政府は何のためにあるのか。消費者も小売業界もメーカーも輸入依存を脱却し、国産を支えよう。酪農家が壊滅したら、国民は牛乳が飲めなくなり、関連業界も潰れる。農協も潰れる。みな「運命共同体」だと肝に銘じないと自身の未来もない。

国にも働きかけよう。なぜ補正予算30兆円のうち、ダイレクトに農家に届いて赤字を補填できる予算が皆無なのか。せめて1キロ当たり10円を全酪農家に補填するとして、搾乳牛1頭(牛乳1万キロ搾れると計算)に換算すると1頭当たり10万円を交付しても750億円だ。

そんな金を付けられるか、と財務省は一蹴してくるだろうが、防衛費は5年で43兆円というなら、武器を買う前に農業予算こそ安全保障のために増やすべきだ。みんなで動いて、超党派の議員立法で「食料安全保障推進法」を成立させ、財務省の縛りを打破して、安全保障予算として食料、酪農畜産に数兆円規模の予算を早急に付けねばならない。

公開日:2023/01/04 記事ジャンル: 配信月: タグ: / /

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