【農業・食料ほんとうの話】〔第133回〕「乳製品在庫があるから乳価は上げられない」 というのは、誤っている鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

鈴木宣弘 東京大学大学院 教授

東京大学大学院 教授 鈴木宣弘

すずき・のぶひろ/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科長、九州大学教授などを経て、2006年より現職。食料安全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京大学出版会)ほか著書多数。

JA全農は、飼料情勢・外国為替情勢等を踏まえ、令和4年7~9月期の配合飼料供給価格を4~6月期に対しトン当たり11,400円引き上げると発表した。餌代の高騰で、酪農経営は危機的な状況にある。長期化する見通しで事態は深刻だ。こうした中で、酪農家の赤字分に対して価格補填する政策が早急に求められている。

動かぬ政策

2008年のエサ危機を上回る酪農危機に見舞われている。北海道十勝からは「限界が近づいている」、熊本県菊池からは「9割の酪農家が赤字で、数か月もつかどうか」、福岡からは「飼料価格の補填(ほてん)制度の運営が限界に近付いて分割支払いになるため資金繰りがもたなくなる」といった切実な声が届いている。

十勝では、4月25日に続き、8月12日に、筆者も講演して、大規模な危機突破のための対話集会を開催した。菊池では6月29日の筆者の講演で大きな動きをつくろうとの総括がなされたのち、8月8日、500人規模の集会が実現した。

しかし、今回は政策が動かない。2008年には、筆者が農政審議会・畜産部会長で、加工原料乳補給金の史上初の年度途中の期中改定と飲用乳価への緊急補填(3円程度)でまず政策が動き、それをシグナルに価格転嫁への理解醸成を進めて取引乳価が15円引き上げられた。

2008年のほうが生産者の全国的運動も大きかったが、それを受けた政策の動きは、「自民党農林族」-「全中」-「農水省」のトライアングルが動き、審議会に案が出てきた。こうした政策決定を主導する構造が今は崩れた。「官邸」-「規制改革推進会議」のルートの「命令」には、「自民党農林族」-「全中」-「農水省」のトライアングルも無力で、微修正程度で、ただ従うだけだ。規制改革ルートが動かないと政策は動かない。彼らは現場の農家を守ることに関心はない。

JA菊池は危機突破会議を開いた。牛乳をもって「ガンバロウ三唱」をして結束した
菊池は危機突破会議を開いた。牛乳をもって「ガンバロウ三唱」をして結束した
菊池地域農業危機突破緊急集会では、牛乳をもって「ガンバロウ三唱」をして結束した

業界が動く

こうして今回は政策が動かない中、ついに業界が動いた。全国の切実な声を受けて、関東生乳販連と大手乳業との取引乳価の引上げ交渉が行われ、7月20日に関東で11月から飲用乳価の10円引上げに合意して、これが全国に波及した。

配合飼料価格は68円/kg(2020年)から98円(2022年)に 30円上昇している。中国地方のデータでは、乳価114円/kgに対して生産コスト約127円で、約13円の赤字との数値もある。熊本では、今回の危機の前は「乳価-餌代」=30円で、それが経営持続に必要な水準だが、今は0円になってしまっているとの指摘がある。餌代30円の上昇と整合的である。いずれにせよ、10円引き上げでは焼け石に水との声が大きい。

また、北海道では加工原料乳価が80%を占めるので、飲用が10円上がっても、加工原料乳価が上がっていないので、プール乳価は2円のアップにしかなっていない。加工原料乳価引上げが必須である。

政府の役割

しかし、消費者も所得が減り続けており、牛乳の値上げはつらい。一方、酪農家にはこれでは不十分である。そこで、今こそ、政策の出番である。農家に必要な価格と消費者が買える価格とのギャップ(の一部)を農家(または消費者)に補填して両者を助けるのが政治・行政の役割である。酪農家の赤字が仮に13円/kgとすれば、取引乳価が10円引上げられるなら、政府が酪農家に少なくとも3円補填すべきということになる。消費者負担を減らすには、政府が13円を補填するのがベストであるが。

加工原料乳価への対応も不可欠

北海道の加工原料乳価を飲用乳価と同じだけ上げることは絶対不可欠である。飲用と加工との格差が輸送費の差を超えて広がりすぎると、次式のようなバランスが崩れ、北海道の我慢の限界となり、アウトサイダー流通も増え、北海道生乳の飲用化に歯止めがかからず、「南北戦争」の激化で、生乳流通が大混乱に陥り、都府県も北海道も全酪農家が共倒れし、消費者も十分に牛乳を飲めなくなる。

加工原料乳価 + 補給金 + 輸送費 =  飲用乳価
     80     +     11   +    25    =  116(円)

これを回避するために、まずひとつは、政策の役割がある。2008年に行った加工原料乳補給金の期中改定が必要である。そして、もうひとつは、ホクレンとメーカーとの取引乳価の期中改定である。

脱脂粉乳在庫が多いから加工原料乳価が上げられないというのは間違いである。需給緩和は酪農家の責任でない。クラスターによる政策誘導とコロナ禍が重なった政策の責任である。倒産しそうな酪農家に2.24円も在庫処理金を負担させ、酪農家の倒産を加速しても、乳価はそのままとは何という不条理か。酪農家が大量倒産してしまってから間違いに気づいても遅い。

政府への要請だけでなく農協自らがまず酪農家のためにやれることをやろう。消費者も小売業界もメーカーも輸入依存を脱却してほしい。消費者には価格転嫁を理解してほしい。成長ホルモンなどの心配がない国産牛乳・畜産物、防カビ剤などの心配がない国産米麦は価格以上の価値、命の源であり、国内農家は希望の光である。

そして、ここまで踏ん張ってきた「精鋭」の酪農家さんには、国民の命を守るためにも、もうひと踏ん張り、踏ん張ってほしい。国際乳製品需給は逼迫基調で各国の乳価、乳製品価格も上昇し、日本酪農の競争力も相対的に高まりつつある。今を凌げば未来は拓ける。

公開日:2022/09/01 記事ジャンル: 配信月: タグ: / /

ページトップへ